内田樹氏のメディア(テレビ・新聞)の悪口は聞いておくけど政治傾向の分析は不同意

つまみ食いには最適のエントリーです。

変化が好きなのキライなの (内田樹の研究室)

現に、今度の東京都議選の開票速報の視聴率は、それが「政権末期の麻生内閣の命運を占うものだ」とメディアが言えば言うほど、高くなる(そして、CMの出稿数が増え、民放の財政は一息つく)。
メディア自身は気づいていないが、メディアは社会が激しく変化することから、そうでない場合よりも多くの利益を得るように制度設計されているので、無意識的にできるだけ多くの機会に「激しい変化」を望むようになる。

なかなか、学者というよりもどっぷりと大衆化したご高説のようですね(笑

内田樹のメディア批判

さて、つまみ食いしたくなる部分を引用します。

メディアは地方自治も国政と同じようにめまぐるしく変化することを望んでいる。

メディアは社会が激しく変化することから、そうでない場合よりも多くの利益を得るように制度設計されている

メディアが好きなのは「予測可能な範囲でしかものごとが変化しないような変化」である。
しかし、世の中はそのような自分で好きに設定した許容範囲の中でだけ変化するものではない。
私の社会にカタストロフをもたらす変化は定義上必ず予測不可能なかたちで訪れてくる。
そして、私たちの国のメディアはそのような変化に対する想像力の訓練を組織的に怠っている。

このあたりの、表層的なメディアの悪口は、おもしろいです。

しかし、そういったメディア、つまりテレビや新聞が徹頭徹尾、利益追求型で報道していると考えるのは、本当に正しいのでしょうか?

私は、利益のほかに、思考のパターンが固まってしまって、もっとうがった見方をすることができなくなっていると思うのです。

要するに、いろいろな考え方があり、選択肢も複数ある中で、一番利益になる方向性を選び取っているということではなく、もはや、長年の大衆迎合路線の積み重ねで、まずは、それで出世してきた経営陣や部門長などの意志決定者が、大衆迎合の権化になりきっているのではと想像しています。

麻生総理総裁の求心力が低下とか、総裁おろしが激化とか、大多数の国民は自民党員ではありませんから、よそのお家騒動なんて関係ありません。

それが、政治の報道の基調ですから、笑っちゃいますね。

再び、内田樹氏のエントリーに戻ります。

私が思いついたのは、国政は激しく変化することを好む領域であり、地方政治は惰性が強くて、あまり変化を好まない領域だということである。
そういう社会の変化や民意の変化に対する「感度」の差が国政と地方自治のあいだにはある。

これは違うと思います。

都市部では無党派層が多いから、メディアとはまた別の表層分析パターンに陥っているのかもしれませんが、地方では、衆議院議員の地域への利益誘導力は凄まじく、そういった意味で、国政レベルの方がより生活に密着した選挙行動になっているんですね。

つまり地方の中の地方では、無党派層というものが少なく、かつ利益を中心に組織化された度合いが高いから、国政選挙は生活密着型にならざるをえないということです。

広島6区も、三原尾道といった都市では堀江貴文氏がトップでしたが、農村部で亀井静香氏がダントツとなり、最終的に亀井氏が当選したのです。

だから単純に、

国政は政治的幻想で動くが、地方政治は生活実感で動く。
幻想は振り幅が大きいが、生活実感は「食って、寝て、仕事して」であるから、変化の振り幅がない。

こういった、大衆蔑視、地方差別のようなことを簡単に言われると、腹が立ってきます。

テレビや新聞などの旧来型メディアも寿命を迎えつつあるのでしょうが、このようなブログを書く学者さんもご臨終が近いのではないでしょうか。

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