松岡美樹「iTunesの仕様に疑問をもつヤツはいないのか?」

短期間であったが、ネット界?を騒がせた記事がある。

松岡美樹氏の音楽鑑賞の作法を守ると、iTunesははがゆい仕様になっているとのことだ。

「アーチスト名→アルバムの順で選ぶのが筆者のやり方」

記事の要旨は、レコード世代?だから音楽はアルバム単位で聞きたい、ところがトリビュートやコンピレーションのアルバムで複数のアーティストが設定されている場合、アーティストからたどっていくとiTunesではアルバムの全曲が表示されない、その点WMP(Windows Media Player)はちゃんと松岡氏の思うとおりの表示になっていて、iTunes糞・WMP神ということである。

以上が前編の内容であり、後編では若い人たちはアルバムをばらして聞きたい曲をシャッフルさせているので、iTunesとWMPではユーザー層が違っているのだ、という結論になっている。

 実はこれってどっちがいい悪いの問題じゃない。それぞれがターゲットにしているユーザ層のライフスタイルと、寄って立つ企業戦略がちがうのだ。いや私の想像ではあるが。
ひとことでいえばWMPは、古き良き“アルバム・トータルコンセプト主義”に対応している。かたやiTunesは、音楽配信時代の“単曲リスニング志向”にもとづいているように見える。

「探す手順はあくまで、すべて(のアーティスト)⇒アルバム名⇒曲名である。」

前編で繰り返されている、アーティストからアルバムへという検索のやり方が問題なのは、松岡美樹氏も先刻承知しているようである。

つまり、右上の検索窓を使ってアルバムを探したり、アルバムアーティストにターゲットのアーティストを入力したり、コンピレーションにチェックをしたり、プレイリストを作ったりすることは、iTunesのクールな機能であっても無視しなければならないのである。
なお、プレイリストなどからアルバムやアーティストの横の矢印を、Macはoption+クリック、WindowsはCtrl+Shift+クリックでライブラリにジャンプする。こういった機能を見ても、ユーザーのうろ覚えの記憶から色々なルートで目当ての曲へたどり着くことができるように、iTunesはWMPとは比べものにならないほど便利である。

そのほか、Disc 1だとか、分母のないトラックナンバーとか、もしCDを持っていたとしたらWMPでエンコードしているようなので、もとからiTunesを常用せずiPodに転送するときだけ起動しているようでもある。

iPodにしても、「チャリンコをこいでる最中も聴いている」という有様だから、いかがなものかと…

結びは、アルバム単位のリスニングから、最近はiPodのお蔭でシャッフルすることの新しい楽しみを覚えたと、竜頭蛇尾もいいとこである。

なお、すちゃらかな日常 松岡美樹というブログでは、数多くのコメントが寄せられている。このまま、iTunesを貶して終われば炎上したところだったろう。

結局、「アルバム単位で聞くならWMPは最高!」ではなく、アンチiTunesのタイトルをあえて選んだところに、アクセスを稼ごうといった作戦がしのばれるのである。
ブログやニュースを検索するとき、「WMP」より「iTunes」の方が圧倒的に多いからね。

iTunesはミュージックプレーヤーでありデータベースを兼ねる

ソフトもユーザーによって色々な使い方があるだろう。
編集人の場合は、もちろんジュークボックスソフトとして堪能しているのだが、最も大きい使い道は曲のデータベースとしてである。

プレイリストだらけのiTunes

CD800枚とNapster合わせて20,000超曲、クラシックはアップル ロスレスでエンコードしているため400GBをオーバーしている。
そしてスマートプレイリストを何百か作ってフォルダにまとめている。

スマートプレイリストとフォルダ

松岡氏のようにポピュラー音楽中心であれば、ソフトを与えられたまま使っていいとか悪いとか言うのだろうが、例えばクラシック音楽では、作曲者は必須(というか第一番目)のカテゴリーである。デフォルトではiTunesは使えないのだ。
そのほか、指揮者とオーケストラがあり、かつ協奏曲の場合は独奏者まで現れる。アーティスト欄は最初から破綻しているのだ。
ヴァイオリンソナタでは、ヴァイオリン奏者とピアノ伴奏者。そのほかビッグアーティストが協演する三重奏曲では、誰がメインのアーティストになるのか?

ということで、ソフトの本当の仕様を評価するには、機能をある程度総動員してこそ語ることができるというものである。

iTunesは、プレイリストや特にスマートプレイリストを使いこなしてこそ、クールなジュークボックスソフトとしてユーザーに恩恵を与えてくれるのである。

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