情報洪水時代の脳内ノアの方舟 忘れる捨てる情報と集める残す情報

先にハイゼンベルクの不確定性原理との遭遇が、私の認識を革新したことを述べました。

例によって、今回のエントリーのために「そして世界に不確定性がもたらされた」 人間は真理に到達することができない を急いで投稿した次第です。

不確定性原理と「派遣切り」報道

ともあれ私は、不確定性原理をかじり、観察することそのものが対象への干渉となると知ったときに、必ず真実に到達するという知識の傲慢さを砕かれました。

しかし、量子物理学によって科学はさらに発展し続けているように、破壊のあとには創造があります。

観察者の対象に対する干渉とは、三流のボーアになりきって言うと、ある事件に対してそれを見ている人が、観察者として対象に干渉することによって全員が違う感想を持つ、ということもありえるのです。

不謹慎でしょうが、例えば「派遣切り」についても、経営者は会社生き残りのための非正規雇用だと思うでしょうし、正規雇用の労働者は正社員でよかったと思うでしょうし、非正規雇用の人たちは世を憎んだり解雇不当の訴訟を起こしたり、それぞれです。

政治家も、他人が経営する企業のことですから、票取りのために製造業の非正規雇用禁止とか点数稼ぎに余念がなく、マスコミも、番組作りを低賃金の下請けに投げている事実には蓋をしているわけです。

原因を確定するにも、派遣の個人が正社員になる努力が足りないから自己責任だとか、派遣を簡単に切る企業が悪いとか、派遣を許した法律が不備だとか、時代とか運とか、人によっていろいろ出してくるでしょう。

同じ人間だから分かりあえるということが幻想に過ぎず、同じ事柄を目の前にしても人によってまったく逆の見解になる、そういうことになるのです。

こうして私は、青年時代に認識の方法について、大きく大きく変化したのです。

だがしかし、これは後付けに過ぎません。

忘れていた不確定性原理 ひとり温故知新で起業

実は、池田信夫ブログによって、ナイトの不確実性やタレブのブラックスワンを知り、そしてハイエクを知ったわけです。

その結果、『ハイエク 知識社会の自由主義』池田信夫著 これですべての謎が解けた に書いたように、ハイゼンベルクの不確定性原理につながって、私の頭のよじれた糸がほぐされることになりました。

つまり、不確定性原理はしばらく忘れ去っていたのです。

サラリーマンとしては営業にどっぷり漬かり、中高年離職者としては再就職失敗の連続で死にかけ、ようやく起業して日々売上に精一杯というのが実情だったりして…

私は、最初はホームページ制作業として受注を試みましたが、ことごとく断られました。
今があるのは、サラリーマン時代に身につけたスキル、あるいはマーケティングなどを思い起こしたからです。

つまり、自分が活躍できていたころの知識と技術を復活させて、起業に活かしたというわけです。

Web作成は、やりたいことでもなかったし、やれることでもありませんでした。
まして、こうやれば凄いWebサイトができるという確信もなかったですし、受注の方法論も持っていなかったわけです。

聞いて呆れるかもしれませんが、その前の再就職活動そのものさえ、人ごとのように上の空だったんですねぇ。
自分の節を曲げて、住みたくもない田舎で、生きていくために仕方なくレベルの低いローカル中小企業に勤めてやる。てなもんですよ。

本当に死ぬかもしれないほど追い詰められたときに、サラリーマン時代全盛期のスキルや知識・技術を総動員したというわけです。

  • どのように:アナログのローカル受注ではなく、ネットの全国商圏へ
  • 誰に:具体的にどういう人をお客とするか
  • 何を:そのお客に、どういった商材を提供するのか
    商材は、オンリーワンがベスト、ナンバーワンがベター

実際には、ノートを数冊潰して、ビジネスモデルを練りに練り上げました。

しかし、SOHOでぼちぼちと考えていた段階では、企業の理念や、社会的な貢献などは思いもよらず、会社を興してはじめて経営や哲学などを意識しはじめたのです。

そして、またまたひとり温故知新で、サラリーマン時代よりもさらに前にさかのぼって、インテリ小僧のときの読書体験などを発掘しているわけです。

テレビの報道を見ている限り、あまりアタマのいい人が作っているようには思えないのだけど…

さあ、前置きが長くなりましたが、いよいよ本エントリーの主題に入っていきましょう。

残酷な善意~派遣と地震と。 – 広告って、なに?

年末辺りから、どのテレビも狂ったように「派遣切り」報道に熱心である。

じゃ、なんでテレビはこんなに煽りの報道が多いのか。
それは、本能的に「視聴者が見る」ことを知っているからだと思う。テレビの報道を見ている限り、あまりアタマのいい人が作っているようには思えないのだけど、視聴率に関する直感だけは鋭いのだろう。

この箇所に、ビビビと来ました。ブログの作者は、山本直人氏です。

知識人ぶったり、起業家ぶったりしている私には思いもよらない発想です。生き物としてのマーケティングをやっている人は違うなぁ、という驚きです。

後半は、「無邪気な残酷さ」とそこから派生する「無邪気な正義感」の大衆に迎合することが上手なテレビ制作側という切り口になっているようです。

問題は、アタマのよくない人が作っているテレビを、これまたアタマのよくない大衆が見ているんだな、で思考停止していないことです。

裏を読むことが大事ですね。

山本氏は、「あまりアタマのいい人が作っているようには思えないのだけど」、受ける報道を作っているし、視聴者もそれに反応して「残酷な善意」を発揮していると述べています。

つまり、このテレビ番組を商品とするならば、アタマがよかろうが悪かろうが、売れるものを作って売っているんだということです。

サラリーマン時代は、営業力がなければ宝石も売れない、営業力があれば石ころでも売れる、と与太を飛ばしていた私ですが、いい悪いの前に、売れる売れないに頭が回らないとは情けないです。

しかも最近は、営業経験のない相手と会話するのが億劫になっていて、特にものを売った経験がない若い人が、ECサイトがどうのこうのとやりだすと、世間知らずの「ITお子ちゃま」が何言っているの、と腹でたしなめるほどですから、なおさらです。

ところで、近頃は雇用関係の報道が少しトーンダウンしていませんか?
これは、解雇した企業を批判すると、スポンサーを降りるぞとか、裏で恫喝しているかもしれません(笑

また、テレビの中での街で見つけたいいお店・いい商品の紹介なども、裏でお金が動いているらしいです。

よって、広告モデルである限り、広告を取る仕掛けがあり、また広告主の逆鱗に触れることは回避する、そういうことになりそうですね。

こうして、不確定性原理という高尚な物理理論でなくても、利益がからめば事実は歪んで伝えられる、客観的な真実は絶対に知ることはできない、という世間の法則もあることになります。

今は情報洪水の時代と言えるでしょうから、うまいこと忘れたり捨てたりして、集めたり残したりする情報を選りすぐって、脳内にノアの方舟を浮かべる必要がありそうです。

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