石田梅岩『都鄙問答』の商家資本主義 石門心学と日本経済政策史

龍馬伝を見ていると、よくぞ短期間に欧米列強に対抗できる国家をつくり、大産業を興したと、あらためて驚嘆を禁じえない。
失礼ながら、東洋では植民地化されたことのない希有な、島国住人の優秀性を感ずるところである。

ある本で知ったのだが、江戸時代にすでに醸成された資本主義のエートスとなった石田梅岩の『都鄙問答』を、解説書で読んでみた。
石田梅岩以降に世間に広まった「石門心学」が、徳川幕府の封建制度の下での商人道が、明治維新後の起業家を輩出させたのではという期待である。

著者の由井常彦氏は、家父長的で村社会的な労使一体で株主無視の企業こそが、日本の繁栄のベースとなったと、礼賛している。
つまりは、世界標準の株主資本主義を否定し、市場原理主義や格差のないパラダイス日本を持ち上げている。

これは、まったく納得できないし、市場=消費者無視で、企業の経営者と労働者だけが生き残る仕組みを称揚するのは、嘔吐感をもよおしてしまう。

だがしかし、著者のイデオロギーとは別に、著作はいろいろ物語ってくれた。それをかいつまんで書いておく。

『都鄙問答 経営の道と心』由井 常彦 (著) に見る商家資本主義

『都鄙問答 経営の道と心』由井 常彦 (著)

都鄙問答とは、都会の人(京都のインテリ)と田舎の人(無学な大衆)との対話という意味らしい。
江戸時代は、幕末までは一貫して商業の中心は関西だったらしい。まずは大阪、天皇のいる京都、近江商人で有名な現在の滋賀など…

P49

売利を得るは商人の道なり。… 商人の買利は士の禄に同じ、買利なくば士の禄無くして使うるが如し。


取り引きの利益を得ることは商人の道です。… 商人の利潤は、いわば武士の俸給と同じものです。商人が利潤がないことは、武士が俸給なしに奉公するようなもので、それこそ理屈にあわないことです。

利益あっての商業活動という明文化である。

P53

相場の高(あが)るときは強気になり、下がるときは弱気になる。是は天のなす所商人の私にあらず。天下の御定の物の外は時々にくるひあり。狂ひあるは常なり。… 売買ならずは買人は事を欠き、売人は売れまじ。左様になりゆかば商人は渡世なくなり農工と成らん。商人皆農工とならば財宝を通はす者なくして、万民の難儀とならん。

相場は商人の私利私欲で動くものではない。価格は変動する。… 取り引き活動がなくなれば、商人も農民か職人にならざるをえず、そうなると商品流通もストップして、人々の生活が苦しくなるんだよ。

P61

我が身を養はるるうり先を疎末にせずして真実にすれば、十が八つは、売先の心に合(かな)う者なり。売先の心に合うように商売に精を入れ勤めなば、渡世に何ぞ案ずることの有るべき

顧客満足に努めれば、事業で心配することはない。

P81

利を取るは商人の正直なり。利を取らざるは商人の道にあらず。

やはり、商業活動における利益発生の正当性が、当時の商人や起業家に思想的な後押しをしたと思われる。

最後に強烈なものを。

86ページから
経営の意志決定は、主人の一存で図ってはならない。幹部とよく相談すること。幹部や主人であっても、筋が通らないことを言い出したらたしなめること。
経営によいことでも他への害となることであれば決して許されない。
利益が見込める話で借り入れを申し込まれたら、絶対に融資してはならない。
もし暖簾を損なうような主人の行いがあれば、その主人を引退させ、生活費は与えても経営に関わらせてはならない。

95ページから
能力のある者には報酬を増やすこと。そうして経営幹部を発掘する。

後世、「士農工商の身分社会にまっこうから挑戦しなかった」「上下の世襲身分制という封建的な社会秩序の強化にのみ資した」と批判され、明治の教育勅語とともに再隆盛を極めた石門心学ではあるが、都鄙問答そのものは革命的な商人道を語っている。

石門心学と徳川幕府の三大改革を中心とした経済政策の歴史

なかなか暗示的な江戸時代の年表。

1688元禄・宝永~1710
経済的な大発展とインフレ
三井、住友、鴻池、白木屋
1716享保~1745:享保の改革(徳川吉宗、倹約と増税)、デフレ
1739都鄙問答 
  米・貨幣に対する幕府の統制を廃し市場取引を許可。株仲間(同業組合)の誕生。
1764田沼意次重商主義。積極財政、産業・貿易の振興。物価安定
1787寛政~1793:寛政の改革(松平定信、緊縮財政、風紀取り締まり)、アンチ田沼の保守反動。
1804文化・文政~1829:大江戸文化紊乱
  人口も経済成長も停滞。販売、仕入れ、宣伝、運輸などのすべてでイノベーションがなくなる。
経済活動は都市から農村、中央から地方へ分散。
1841天保~1843:天保の改革(水野忠邦、倹約)
株仲間の解散、商品値下げの強制、幕府による賃金公定。経済への政府の大介入。
大商家20軒の当主が勘定所によって逮捕?倒産が相次ぐ。
1853黒船幕府の権威失墜、権力の崩壊、財政破綻、物価高騰などなど。
1858 日米修好通商条約 安政の大獄(大老井伊直弼による反対派弾圧)
1860 桜田門外の変(水戸藩浪士による井伊直弼暗殺)
1863 薩英戦争 下関戦争(~1864)。攘夷を転回、欧米から知識や技術を導入する富国強兵と倒幕へ
1866 薩長同盟(坂本龍馬仲介、西郷隆盛と桂小五郎)
1867 大政奉還 坂本龍馬暗殺
1868 明治政府

明治維新関連は、自家用。

「べき乗則」によると歴史は繰り返さないのだが、あえて、直近の日本を彷彿させるように年表をつくってみた。

それにしても、黒船からたった15年で明治政府が誕生していることに、心底驚く。

P161

幕末の心学は、社会改革のイデオロギーとはほとんど無縁であって、尊皇攘夷運動のような政治的勢力もかかわらなかったことです。
他面において心学は、職業と地域をこえて、国民的といえるほど普及し、大衆化をとげました。

P162

職業や身分あるいは場所をこえて、修身・道徳の教育さらには生活や規律の指導に格好であり、諸藩や各地の代官からの依頼をうけて、領民の教育に迎えられました。

P164

なお江戸後期の心学のリーダーたちが、人々にモラルの必要を説くあまり、本来ビジネスに不可欠な、創意工夫や革新の必要について積極的に勧奨する所が乏しく、この時代の経済や経営の進歩・発展に有効に寄与できなかったことも指摘すべきことと思われます。

なお、維新後は、福沢諭吉や渋沢栄一などが、古い商人を批判した。

彼(渋沢栄一)によれば、実業は国益や公益にかない、かつ多数の出資者からなる会社組織でなければならず、伝統や経験ではなく新時代の知識と能力を持つ人々と国家意識が必要でした。この点は、「和魂洋才」「士魂商才」を唱えた福沢諭吉も同じでした。

直接ためになる本ではないのだが、わが先人たちの歴史を再認識するには、とても鋭意の本であった。

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