項羽と劉邦 司馬遼太郎著 兵に将たるもの、将に将たるもの

私は、学生時代は文学や芸術、哲学や思想関連の本を、サラリーマンになってからはビジネス書を、退職してから今日まではICT(情報通信技術)関連情報の書籍を、良く買って読んでいます。

まず、重要な箇所には傍線を引く習慣ですから、図書館で借りることはできません。それに、小市民的ですから、本は買って読みたいです。他人の手垢も気持ち悪いですし…

今ざっと数えたら、2000冊程度はありそうです。漫画本を除いて(笑

未読のものもありますが、さらには読んだ記憶はあっても内容はすっかり忘れているものばかりで、これに驚きますね。

ただ、内容は覚えていないのですが、感動した記憶だけは残っています。

今日はその中の一冊を。

司馬遼太郎の『項羽と劉邦』です。

時代の変化を読めないチョンマゲ・二本差しを嗤う司馬遼太郎

司馬遼太郎の本は、NHKの大河ドラマの原作となることが多いですね。

その中で、大学時代に先輩から教えてもらったものが、『花神』でした。

NHK大河の放送と私の読書と、どちらが先かは忘れました。

花神とは花咲爺さんのことです。
明治維新の過程で、臼となり灰となった革命志士たち先達の業績を継いで、軍事の大家である大村益次郎が倒幕の花を咲かせるというわけです。

大河ドラマ「花神」は、これに『世に棲む日日』から吉田松陰や高杉晋作などのエピソードを交えることによって、非常にボリュームのある名作となったようです。

司馬遼太郎の幕末小説の特徴は、チョンマゲ・二本差しの武士が、いかに愚かで絶滅種であるか、アイロニーたっぷりに書かれていることですね。

伝統墨守とか、旧態依然とか、武士の面子とか、お家とかが大事で、そのために人を殺し自分も殺しているわけです。

娯楽小説ながら、哲学的なメッセージを盛り込んでいた、すぐれた作家です。

「兵に将たる項羽と、将に将たる劉邦」が『項羽と劉邦』のテーマ

司馬というペンネームは、もちろん『史記』を著した中国の司馬遷から取っています。

そしてとうとう、司馬遷の『史記』に想を得て、『項羽と劉邦』を書いたのです。

司馬遼太郎著『項羽と劉邦』

私は、大学に入ったばかりのときは、金銭的理由から文庫本ばかり買っていたのですが、先ほどの先輩から「蔵書」という趣味を倣い(笑 できるだけ単行本を買うような習慣に変わりました。

もちろん『項羽と劉邦』は、文庫化する前でしたので単行本で全三巻をそろえました。

項羽と劉邦 奥付

奥付を見ると「昭和五十五年」とありますから、このブログの読者の中には生まれる前と言うこともありえますね…

この大作のテーマのひとつは、『史記』の淮陰侯列伝にある劉邦と項羽に対して韓信が評価した言葉にあります。

淮陰侯とは韓信の最後の地位身分です。かつては国士無双とよばれ、劉邦の中国統一、漢帝国を興す大立役者も、中途半端な野心がたたって降格させられ、最後は処刑されてしまいます。

韓信は、武将としての能力も高いのですが、とりわけ名声や処遇にこだわり、そのため項羽の元を去り劉邦の傘下となった経緯があります。

韓信曰く
劉邦は、せいぜい十万人程度の兵を指揮する将軍でしかない。それ以上は無理だ。
自分(韓信)は、百万でも千万でも兵は多ければ多いほどよい。
では、十万の兵の将軍でしかありえない劉邦が、なぜ、百万千万の兵の将軍である韓信を従えることができるのか?
劉邦は、兵に将たる能力はない。しかし将に将たる能力がある。

つまり、兵に将たる項羽と、将に将たる劉邦、というのが、『項羽と劉邦』のテーマのひとつでもあるのです。

まあ、課長の器と社長の器、というところでしょうか。
近いところでは、内閣官房長官の器と、総理大臣の器、でしょうか(笑

ちなみに、私は高校二年生のときに覚醒して、司馬遷『史記』全巻の日本語訳も買って読みました。

『史記』淮陰侯列伝では、韓信が項羽を「匹夫の勇」と評しています。

ところで、韓信理論によると、課長で手柄を立てて部長になる、部長で手柄を立てて取締役になる、ということはありえなくなります。
島耕作は、日本型企業の伝統的な出世パターンではあっても、彼が経営する初芝電器産業はグローバル企業にはなれるわけがないということになります。

だから、アメリカはヘッドハンティングを含めて、いきなり、余所から連れてきた人や、平社員を、上のポストに就けるということになるのでしょうかね。

日本型のエスカレーター型昇進システムでは、下位の器の人材を上位に就けて、組織が機能不全になりやすいとか…
これを「項羽型人事」と呼びましょうか(笑

任天堂の再逆転も、日本的で慣習的な、非韓信的な、項羽的な、社長交代ではなかったところにあるのかも。

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